分からないことは、すぐ調べる。
それが習い性になっている。
言葉の意味も、機械の使い方も、ちょっとした体の不調も。
検索窓に打ち込めば、たいていの疑問はその場で片づく。
近ごろはAIにも訊く。
問いを立ててから答えにたどり着くまで、ほんの数十秒。
私はいつのまにか、「分からない」という状態に、
長く耐えられなくなっていた。
だからあの日、
答えの出ない疑問に出くわし、うろたえた。
答えがないことより、
答えを探す場所がないことに戸惑った。
昨日、久しぶりにホールで吹奏楽を聴いた。
娘がいた高校の吹奏楽部が、部員不足で廃部になる。
その最後に、OB・OGを集めたコンサートが開かれた。
娘も「これが最後だから」と呼ばれ、楽器を抱えて舞台に上がった。
娘が現役のころは、演奏会によく足を運んだ。
「そうか、なくなるのか」——それだけだった。
少子化だ。
こういうことは全国で増えていくのだろう。
その程度で、さみしいとも残念とも思わなかった。
演奏の途中までは、平気だった。
懐かしい曲もある。
現役はがんばれ、OBはさすがだと、評論家気分で聴いていた。
崩れたのは、最後だ。
出演者全員で「翼をください」が演奏された。
楽器に歌声が重なり、
サビの「この大空に翼を広げ」あたりにさしかかったとき、
理由もなく目の奥が熱くなってきた。
困った。泣くようなつもりで来たんじゃない。

さっきまで評論家気分だった私の喉が、勝手に締まった。
まばたきをこらえた。
隣の妻に気づかれたくなくて、正面を向いたまま動かなかった。
よく知っている曲。
初めてでもない。
それなのに、その日は胸を突いた。
なぜだ。
そう思った瞬間、
反射的に、頭の中で答えを探し始めている自分がいた。
癖だ。
だが今度ばかりは、打ち込む言葉が見つからない。
「翼をください 涙 なぜ」——そんな検索で出てくるものが、私の涙のわけであるはずがない。
検索できないなら、考えるしかない
仕方なく、自分の頭で考えた。
ずいぶん久しぶりの作業だった。
最初に浮かんだのは、「最後」という言葉だ。
廃部そのものは、どうでもよかったはずだった。
それなのに、「最後」という響きだけが、妙に刺さった。
娘が高校生だったころ、吹奏楽部はそこにあって当たり前だった。
後輩が入り、先輩が卒業し、次の演奏会が開かれる。
その流れは、この先も続いていくものだと思っていた。
当たり前だと思っていたものにも、終わりは来る。
頭ではわかっていた。
でも、なくなるということは、
もう二度と次がないということだった。
音を浴びた瞬間、急に本当のことに変わった。
娘の高校時代のことを思い出した。
親にとって、子どもが学校に通っていた時間は、本人だけのものではない。送り出した朝も、帰りを待った夜も、私の側にもその時代の記憶がある。
あのころは、それがいつか「思い出」になるなんて考えもしなかった。
毎日だったものが、いつの間にか、もう戻れない時間になっていた。

そして、たぶんこれが一番大きい。
娘はとうに大人になり、医療の現場で働いている。
もう、私が送り出してやる子どもではない。
私は、定年まで二年を切った。
気がつけば、次の場所へ進まなければならないのは、娘ではなく私のほうになっていた。
あの歌を聴きながら、
娘の過ぎた時間と、自分に残された時間を、同時に見ていたのだと思う。
娘にはこれからがあり、私にもこれからがある。
ただ、その「これから」は、もう同じ長さではない。

理由は、一つには絞れない。
どれも少し本当で、どれも決め手に欠ける。
分からないまま、で終わっていい
いくら考えても、「これだ」には行き着かない。
検索なら、こうはならない。
答えが一つ返り、納得し、疑問を閉じる。
だが自分の感情は、どれだけ考えてもひとつにまとまらない。
以前の私なら、片づかない問いなど、
気味の悪いものとして放り出していた。
今回は違った。
答えを探して考えたわずかな時間で、
私は、
失われていくものにも、
大人になった娘にも、
これからの自分の時間にも、
いちいち手を伸ばしていた。
答えは出ていない。
なのに、
来たときより、自分のことが少し分かっている。
これが、私にとっての学びだった。
AIに聞けば、答えの出る疑問を一瞬で片づけてくれる。
便利だし、これからも頼るだろう。
だが数十秒で答えが返るのが当たり前になり、
私は、答えの出ない問いをそもそも立てなくなっていた。
その問いの前でじっと立ち止まる時間を、手放していたらしい。
「翼をください」は、それを一度だけ、返してよこした。
あの日の涙の理由は、今も分からない。
分からないから、私はこれからも、あの演奏を思い出す。
そのたびに、
検索できないことを検索しようとする手を止めて、
自分の時間について、
また少し考えるのだと思う。

