定年まで、あと2年。
この言葉を意識するようになってから、ときどき考えることがある。
会社という肩書きがなくなったとき、自分には何が残るのだろう。
長く会社で働いてきた。それなりにいろいろな仕事も経験してきた。
けれど、「では、その経験を使って会社の外で何ができますか」と聞かれると、急に答えられなくなる。
だから私は、新しいことを始めようとした。AIを勉強し、記録を書き始めた。定年後には、小さくても自分の経験を使って収入を得られるようになりたいとも考えた。
ところが、文章を書いてもなかなか続かなかった。
「こんなこと、誰が読みたいんだろう」
「自分が書くほどのことなのだろうか」
と考えてしまう。公開ボタンの前で止まることも何度もあった。
自分には、人に渡せるほどの専門性なんてない。いつもそう思っていた。
そんな私の考え方を変えたのは、立派な資格でも、大きな成功でもなかった。毎月やっていた、ほんの小さな作業だった。
毎月繰り返していた「面倒」

私の仕事の一つに、9店舗分の電気料金をExcelにまとめる作業がある。電力会社の画面を開き、店舗ごとの使用量や料金を確認し、Excelに入力する。
難しい仕事ではない。けれど、毎月必ず発生する。そして、数字を一つずつ確認しながら入力するので、地味に面倒だ。
ある日、ふと思った。この仕事の中には、「人がやらなければいけないこと」と「別に人がやらなくてもいいこと」が混ざっているのではないか。
電気料金が高いのか、低いのか。前年と比べてどうなのか。何か異常がないか。そこを考えるのは、人の仕事だ。
でも、画面に出ている数字をExcelに移すだけなら、それは判断ではなく転記だ。
ならば、転記の部分だけAIに任せてみようと思った。
電力会社の画面をスクリーンショットで撮り、いつも使っているExcelと一緒にAIへ渡した。
この画像にある各店舗の電気使用量と料金を、Excelに貼り付けられる形にしてほしい
そんなふうに、普段仕事で使っている言葉のまま頼んでみた。
最初からうまくいったわけではない。思った場所に数字が入らなかったり、こちらの意図と違う結果になったりした。
そんなときは、うまくいかなかった画面をそのまま見せて、「こうなった。どこを直せばいい?」と聞く。
修正する。試す。また聞く。それを何度か繰り返した。
最終的には、決まった形で画像を渡せば、Excelへ貼り付けられる形で数字を取り出せるところまで手順を固定できた。
以前は5〜6分かかっていた作業が、今では約1分で終わる。
もちろん、すべてをAIには任せない。別の電力会社を使っている店舗は今までどおり手入力しているし、最後は必ず元の画面と数字を突き合わせる。数字を扱う以上、最終確認は人間の仕事だ。
全部を任せないからこそ、安心して一部を任せられる。
それも、やってみて分かったことだった。
「できた」で終わらせない
以前の私なら、「便利になった」で終わっていたと思う。
けれど、その頃から少し考え方が変わっていた。せっかく一度できたのだから、翌月も同じように使える形にしておきたい。
そこで、うまくいった手順を残した。
どの画面を使うのか。何をAIに渡すのか。どんな形で出力してもらうのか。次回、同じところから始められるようにする。
そこで初めて気づいた。
一度できただけなら、それは「成功した作業」にすぎない。次も同じようにできる形にして初めて、「自分の力」になる。
私はこれを、自分の中で「型にする」と呼ぶようになった。
それから、仕事を見る目が少し変わった。
「この仕事をAIでできないだろうか」ではなく、
「この中で、人が判断しなくてもいい部分はどこだろう」
「一度うまくいった方法を、次も使える形にできないだろうか」
と考えるようになった。
交通費の申請も、紙で行っていたものをフォームで入力できる形に変えた。
一つひとつは、大したことではない。華々しいシステムを作ったわけでもない。ただ、
目の前の面倒を一つ減らし、二度目からは同じ苦労をしなくていい形にする。
そんな小さな改善が、少しずつ増えていった。
「私にも使わせて」
一番大きかったのは、その後だった。
会社の中で開いている小さな勉強会で、こうして作った仕組みを紹介したことがある。電気料金の集計。交通費申請のフォーム化。普段の仕事の中で作った、ささやかな改善だ。

すると、「それ、いいね」「私にも使わせて」と言ってくれる人が出てきた。
一人、二人。本当に、それくらいだった。でも、私には大きかった。
自分のために作ったものを、ほかの人が「使いたい」と言ってくれた。その瞬間、
自分の面倒を解決しただけのものが、誰かの役に立つものへ変わった。
それまで私は、「会社の外で通用する力」を探していた。
資格を取った方がいいのだろうか。もっと難しいAIの技術を覚えなければいけないのだろうか。何か人に誇れる専門分野を作らなければいけないのだろうか。
もちろん、資格や新しい知識が必要な場面もある。それでも、今の私にまず必要だったのは、新しい肩書きを一つ増やすことではなかった。
長く働く中で身につけてきた経験を使い、
目の前の問題を解決し、それを再現できる形にし、人に渡す。
その力だったのかもしれない。
会社の外で使う力を、会社の中で育てる
定年まであと2年。
以前の私は、この「あと2年」という時間を、残された時間のように感じていた。これから何を覚えればいいのか。何を準備すればいいのか。間に合うのだろうか。そんなことばかり考えて、あせるばかりで、何も進まなかった。
今は少し違う。会社にいる今だからこそ、試せることがある。
毎日の仕事の中には、
誰かが毎月黙って繰り返している作業がある。
面倒だけれど、昔からそうしているから誰も変えない仕事がある。
「仕方がない」と思われている小さな不便がある。
そこを一つずつ拾っていく。解決する。次もできる形にする。そして、できれば誰かに渡してみる。
その積み重ねは、履歴書の資格欄には書けないかもしれない。けれど私は今、それこそが会社の外へ持っていける力なのではないかと思い始めている。
もちろん、これで定年後の仕事が決まったわけではない。「型にする力」が本当に会社の外でどこまで通用するのかも、まだ分からない。収入につながるかどうかも、これからだ。
それでも、半年前の自分とは一つだけ違う。
あの頃は、「自分には何が足りないのだろう」と、会社の外ばかり見ていた。今は、自分の仕事の中を見るようになった。
面倒で、誰も手をつけていない——そんな仕事にこそ、次のキャリアの材料が隠れているかもしれない。そう思えるようになった。
そして、こうして自分の経験を書き残すこともまた、自分の中だけにあった経験を、誰かに渡せる「型」に変えることなのかもしれない。以前は押せなかった公開ボタンを、今は押せるようになった。
定年まで、あと2年。
キャリアの終わりまで2年なのではない。次に持っていくものを作るための、2年なのだと思っている。

